名古屋を中心に都市型コミュニティを再設計する株式会社ABパートナーズ

入社

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晴れて設計事務所への入社を果たし、意気揚々と臨んだ入社したばかりの平成15年4月。
私にとって忘れることの出来ない出来事が起こりました。

 

4月4日の午後8時30分過ぎ、すでに自宅に帰宅していたところに一本の電話が鳴りました。
母が電話に出ると、電話の主は岡崎警察署でした。

 

「ご主人とみられる方が電車にひかれ、今警察署にご遺体を安置しています。確認のため署までお越し下さい。」
母も私もすぐには理解できず、パニックのような状態で車に乗り、夜道を警察署まで駆けつけました。
その間の約30分間は非常に長かったのを覚えています。
警察署に着いて遺体が安置されている別室に通され、遺体の顔を見ると紛れもない変わり果てた父でした。

 

母は気が動転し、私も呆然とし、現実を受け止め切れませんでした。

 

核家族の中で育ち、祖父母も知らぬまま育った私が生涯初めて立ち会った人の死がこのようなことになるとは、
想像だにしていませんでした。

 

父の葬儀には、私が8歳のときに家を飛び出していった10歳上の兄が喪主として参列し、涙を流した兄を初めて見ました。

 

1週間余り忌引きで会社を休み、気持ちを切り替えて仕事に励もうと思っていた私に、
耳を疑うような知らせが飛び込んできました。

 

まさかの解雇通知でした。

 

3月末から働き始め、働き始めて間もなく父親の突然の死。
そして、立ち直る間もなく、まさかの展開でした。

 

申し訳無さそうにこの事実を伝える上司の表情は、今でも忘れることができません。
名古屋支社の人間は誰も知らされていなく、支店長を残し全員解雇という結果のため受け止めざるを得ませんでした。

 

それからの日々は、再度、設計事務所名簿を引っ張り出しての、連日の電話作戦でした。

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この時もゆうに60社以上にトライ。
しかし、ことごとく電話での門前払いでした。

 

そんな時、運よく面接させて頂いた社長から
「私の会社では厳しいから採ることはできないけど、君は頑張っているからいいところを紹介するよ」
と、その場で紹介の電話をして頂きました。

 

それが二社目として入社したW設計でした。


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